京北はすっかり秋になりました。夜にこれを書いているとシカの「ヒャー」という叫び声が聞こえてきます。
今回は山や木に関する本を読んで、すごいなと思ったところ中心に紹介します。
本は伊東潤著『戦国鬼譚 惨』という戦国時代小説です。歴史好きな方はご存知かもしれませんね。
戦国時代の人気武将、武田家の滅亡に関する5つの短編集からなり、おすすめするのがその中の1つ『木曾谷(きそだに)の証人』です。物語の重要テーマとして、林業・山のことがたくさん出てきます。読んでいて心が震えるほどでした。
木曾谷(きそだに)は、今で言うと長野県南西部、木曽川上流の流域のことで、現在も高級木材としても知られる木曾ひのき、木曾五木(ごぼく)が有名で一度は行ってみたい場所です。
この話の主人公は、2人の兄弟です。兄は武田家に属する武将、木曾義昌(きそ よしまさ)。弟は武士でありながら杣頭(そまがしら)の木曾義豊(きそ よしとよ)。
※杣頭:山仕事の長
以下、小説の中で気になったポイントを紹介します。(以下、伊東潤著 『戦国鬼譚 惨』講談社文庫より引用)
義豊は、幼少の頃から杣頭になる訓練を受けています。
例えば…
赤味が強い上に、木理が通直で肌目が緻密だ。
木理とは、
サワラの灰褐色の樹皮は、赤味が強いほど柾目の密度が濃い良木とされる。
義豊が幹を押すと、石のように硬い中にも、わずかな弾力が感じられる。
柾目とは、
さらに、サワラとは何なのか?恥ずかしながら材木屋なのに聞いたことがありませんでした。
調べると、ヒノキの一種で『椹』と書きます。木材として利用されますが、ヒノキより耐久性がなく、香りもない木と知りました。
この木は大通によい。
大通とは、城の天守や寺社の堂塔といった大型建築物に用いられる大通柱のことである。
大通柱はこのような大きな城などに使われます。
此奴らは、たとえ兄弟でも、それぞれの気質が異なる。それを目利きし、それぞれに見合った役割を与えるのが、わしの仕事だ。
木の質は、日照時間の違いや地下の湿り気の微妙な差異により、隣り合っている木でも異なる。それを伐採前から目利きし、建築物のいかなる箇所に用いるべきか、あたりをつけておくのが、杣頭の仕事である。
法隆寺の宮大工・西岡常一さんの口伝『山を買え』を体現している。
林業、建築、地質等、知ってることの幅が広いと、山でそびえ立つ木をどこにどう使えばよいか?山の中で建物の完成系をイメージできています。
農業に適した広い土地の少ない木曾谷では、林業が産業の要であり、林業なくしては武士も民も食べていけない。
林業をしながら、戦に行くことが日常の世界。日々働くことに相当の覚悟がないと生きていけません。
この時代は、伐採した木を川に流して、町まで運ばれ収入になっていました。
重機もヘルメットもない時代に、現代と同じように山から木を出す仕事。不便で時間もかかるけれど、時間の流れは今よりゆっくりしています。時代が移り変わり便利さは増す一方、林業で働く人の覚悟は変わりません。
これを読んで、同じ林業に関わっているのに、建築物の知識が全然ないのはあかんことや。と気がつきました。
木の質、太さ、いくらで売れるか?どうしたら出しやすいか?は考えるが、建物にどう使えるかまでは考えられませんでした。
義豊は、木が山で立っている状態から最終の形を想像してはる。昔の話やけど、すごい知識の広さ。建築物のことを知れば、また山の見方も変わってくるかも知れません。
これから日本の木材需要は?建っていく建築物はどうなっていくのか?
しっかり考えていかなあきません。
物語は、織田信長による甲州征伐(武田攻め)が始まり、その突破口としてこの木曾谷が攻められます。それは、木曾谷の美しい山林も人々もすべて燃やされ踏みにじられるということ。武田家への忠義か?または織田側に寝返り、山林と人々を守るのか?迫られる決断。
自然豊かな木曽谷の山と領民の生活を捨てるのか?家族を捨てるのか?迫られた二人の究極の選択と絆は、本当に震えた。
“目の前の山や木だけでなく国の未来を見ている”義豊の行動には、は!っとされ、山に対する気持ちが改めて引き締まる、いい本でした。