こんにちは、キコリのよつつじせいごです。
不思議なくらい大変ご好評いただいている「山であった不思議な話」の第5弾です。(※閲覧PV数が急上昇)
この不思議な話シリーズは、20年のキコリ人生の中で、私が本当に山で体験した不思議な話をお届けします。
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今回は90年代後半、私が高校の修学旅行で訪れた屋久島での出来事です。
目次
1998年5月高校3年生
私が高校生の頃は、修学旅行の行き先が長野県へスキー研修や、東京観光が通例だったのですが、そのころ話題になった「もののけ姫」の影響で、行き先は東京から突如変更され、屋久島になりました。
当時の私は行き先アンケートにも「東京」と書いていたので、“田舎の高校生が田舎へ”しかも屋久島で山登りて・・・。
地元の京北は山ばっかりやのに・・・そんなのいつでも登れるやんと、不貞腐れ気味で修学旅行の当日を迎えました。(※そこからの旅程は省略します)
修学旅行2日目、ウイルソン株を経て縄文杉を目指します。
早朝4時に集合し、天気は小雨のうす曇り、肌寒く薄暗い中バス移動をしました。
登山口でクラス毎3グループに分かれて整列〜出発です。
それぞれのグループは縦一列、前後にガイドさんがついて先導をしてくれます。
屋久杉を伐採〜搬出するのに使われたというトロッコの線路道を、約80名の同じ色のエメラルド色の体操服軍団が、体育用運動靴で登っていきます。
いま思うとかなりの軽装備ですね。当時の先生もよく決行したものです。
私はガイドさんの二人うしろを歩いていました。
このガイドさんはよくお話をしてくれる方で、「もし、はぐれて迷っても絶対に谷には下りないで」と何度もおっしゃる。
というのも、毎年山道に迷う遭難者が出ており、“人は本能的に山で道に迷うとどうしても谷に下りてしまう”のです。
谷を流れる水の出口にはきっと海があります。これを辿ればふもとの集落に出るのでは?と安易に考えられますが、谷は崖になっていて、足を滑らせると落ちてしまいます。
崖を落ちて大ケガでもしたらもう動けません。谷底だと誰も来てくれないので、一夜明かしたとして激痛で目が覚めても谷底にいます。
そして何年もかけて骨になり河口に出てきたところでようやく発見されると・・・。
こんな話を聞くと遭難してしまった登山者の方の気持ちを想像して、これ以上は何も口から言葉が出なくなってしまいました。
やがてトロッコの線路はおわり、これから登山道になります。私たち一行は順調にウイルソン株を経て歩き続けるのです。
視界は常に薄曇りと霧で(日本一降水量と言われるだけあって、雨が降ってないのが幸運とのこと)まさにもののけ姫で例えると、アシタカが彦六を背負って通ってきたケモノの森のような湿感の薄暗さでした。
朝5時から登り10時か11時頃に到着したと記憶しています。
縄文杉は確かに今までみたこともない太さで巨木で、つくり物?ウソやろ?と笑ってしまうような大きさでした。
縄文杉まわりの小屋のウッドデッキで昼食と休憩をしたら、グループ毎に来た道を下山開始です。
実はこの時・・・。山を下りはじめた頃からおなかも急降下してきて、とてつもない便意を我慢していました。
私のグループは縦一列30人ほどで、3グループの真ん中、後続のグループもあります。
そんなことばかりを朦朧(もうろう)としながらぐるぐる考えていました。
小さなトロッコ橋の手前、すこし広い平地で小休止することに。この時すでに我慢は限界です。
私は決心し、休憩しているグループから離脱し林道からガサガサッと離れて、人目につかない場所はないかと、挙動不審なくらい何度も周囲をキョロキョロ確認しました。
ちなみに高校3年生は思春期真っ最中です。
もしも女子に野で済ませている姿を見られてしまったら、その後の高校生活は終わります。
自分の身長くらいの低い谷を見つけ河原へと降りました。
さぁ、いよいよ解放するチャンスです。カバンを下ろして、ズボンを下ろそうとした。
その時!
視界に赤色の何かが入りました。
何、あれ・・・。
え、え、え、(人のカタチ?)何なん・・・。
それは赤いラインの入った女性のもののラグランTシャツでした。アメ車のようなプリントがされています。
袖口からは雑草が生えてきており、雑草がTシャツを着ているように見えます。
カビて、苔むしてもう何年も前からここにある感じですが、それほど昔の物ではありません。
この時、先ほどのガイドさんの話が頭をよぎります。
「山で道に迷った人は谷に降りてしまうのです。」
谷に降りてしまった人と会ってしまったような気がしました。
背筋がゾワッっとなり、一気に汗が引いて寒くなって、私はすぐその場から逃げました。
その後、グループに戻ったのか、どうやって戻ったのかは、覚えていません。
あのTシャツの持ち主は、谷を滑り落ちたのか、落ちた際に引っかかりそのままだったのでしょうか?
どういう状況であんな風になるんやろう。
きっと自分と同じように用を足している際に忘れて帰っただけやろう。いや、そもそも女性が上着を忘れるのか?
なぜかわからないけれど、さっき見たことは話したらいけない気持ちになり、誰かに話たら何かあるのかもしれない何か罪悪感的なものがあって、下山途中は誰にも話せませんでした。
後日、修学旅行から帰ってきてから数人に話しましたが、誰の反応も薄く、つい最近まで記憶から消えていきました。
屋久島での私の思い出は、縄文杉の迫力よりも、この赤いTシャツの記憶が上書きされ、もしも“山で遭難したとしても谷へ下りてはいけない”と、修学旅行の教訓が心に刻まれました。
(※なお、排便のシーンはご想像にお任せして、割愛させていただきます。)
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